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JUNパパ
高3を筆頭に男ばかりの3人の子供を持つパパ。趣味は釣り、お酒、スポーツ。この頃家庭菜園にハマりそうな気配...
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2012年01月30日

F1物語

ジャガー・R2
デザイナーはスティーヴ・ニコルズ。
ジャガーチームにとってデビューイヤーの2000年シーズンは4ポイントしか獲得できず、2001年シーズンは強化の年となった。
R2は前年のR1よりも保守的な設計となり信頼性も向上した。
チームは9ポイントを得てコンストラクターズランキングは8位でシーズンを終えた。
チーム初の表彰台はモナコでアーバインが得た3位入賞であった。
チームは契約関係でシーズン中の注目を集めることとなった。
マクラーレンのテクニカル・ディレクター、エイドリアン・ニューウェイがチームとの契約を交わしたが、
すぐに翻意し移籍を取りやめることとなった。
この契約はジャガーのチーム代表であったボビー・レイホールが取り決めたものであった。
また、アーバインをジョーダンに譲るという契約も失敗に終わり、レイホールはチームを離脱することとなる。
後任のチーム代表にはニキ・ラウダが着任した。  
Posted by JUNパパ at 06:34Comments(0)TrackBack(0)くるまのお話

2012年01月29日

F1物語

ザウバー・C20
デザイナーはセルジオ・リンランド。
2001年シーズン、ドライバー陣は一新され、デビュー2年目となるニック・ハイドフェルドと、
ルーキーのキミ・ライコネンという若い組み合わせとなった。
ライコネンは4輪のシングルシーター参戦経験がわずか23戦という異例の抜擢であり、
F1への登竜門とされるF3000やF3でのレース経験もなかった。
このことは少なからず物議を醸し、国際自動車連盟(FIA)から交付されたスーパーライセンスは当初4戦限定の仮ライセンスであった。
しかしライコネンはデビュー戦となったオーストラリアGPで6位入賞、その後に正式なスーパーライセンスも発給され、
9ポイントを獲得してデビューシーズンを締めくくった。
ハイドフェルドも同様に輝きを見せ、第3戦ブラジルGPでは自身初となる3位表彰台を獲得するなど健闘、
若手2人のコンビで不安視されたが
結果的には1993年のデビュー以来最高となるコンストラクターズランキング4位を獲得する大健闘のシーズンとなった。  
Posted by JUNパパ at 06:36Comments(0)TrackBack(0)くるまのお話

2012年01月28日

F1物語

ウィリアムズ・FW23
設計統括者はパトリック・ヘッド。
2001年はウィリアムズとBMWのジョイント2シーズン目であった。
2000年にいくつかの好結果を挙げたことから、今シーズンはそれ以上の成績が見込まれた。
強力なエンジンとよく設計されたシャシー、高温下での能力を発揮できるミシュランタイヤ、
そして高い戦闘力を示した加入3年目となるラルフ・シューマッハと、
F1デビューとなるファン・パブロ・モントーヤの2名のドライバーにより、
チームはフェラーリ、マクラーレンに次ぐトップコンテンダーに返り咲いた。
  
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2012年01月27日

F1物語

アロウズ・A21
デザイナーはマイク・コフラン。
チーム2年目のペドロ・デ・ラ・ロサと、1996年のフットワーク時代にも所属したヨス・フェルスタッペンがドライブした。
A21は悲惨だった前シーズンに比べると期待の持てるパッケージであることが判明したが、信頼性に欠けるマシンであった。
デ・ラ・ロサはドイツGPやオーストリアGPでは表彰台を望める位置で走行したものの、
ドイツではスピンにより6位でフィニッシュ、オーストリアではギアボックストラブルでリタイアした。
フェルスタッペンも印象に残るパフォーマンスを見せ、イタリアGPでは4位に入賞した。
2000年、チームは新たなスポンサーとしてオレンジのスポンサードを得、そのイメージカラーのオレンジでカラーリングがなされた。
チームは、結局7ポイントを得、コンストラクターズランキング7位でシーズンを終えた。  
Posted by JUNパパ at 06:36Comments(0)TrackBack(0)くるまのお話

2012年01月26日

F1物語

マクラーレン・MP4-15
1999年中にMP4-14を分析し、どのように発展させるか検討をし、
テクニカル・ディレクターのエイドリアン・ニューウェイが指揮をして、進化させたマシンである。
MP4-14はリアの不安定さが指摘されており、その神経質な挙動をデビッド・クルサードは嫌っていた。
それを解消するため、MP4-15ではホイールベースをわずかに長くした。
また、MP4-14で採用された新型ギアボックスはシフトチェンジが速くなってはいたものの、
熟成不足だったこともあり、ギアボックスが改良されることになった。
ギアボックスとリアサスペンションの改良は、新機軸の排気方法に関係していた。マクラーレンは流行の「上方排気」ではなく、
左右の排気管を中央にまとめ、排気ガスをセンターディフューザー内に流し込む「センター・エキゾースト」方式を導入した。
通常、スロットルの開閉による排気ガス圧の微妙な変動に伴ってダウンフォースが大きく変化し、
結果的にマシンの挙動がナーバスになるのだが、マクラーレンはエンジンとギアボックスのリファインによって、
排気ガスの圧力変動を減らすという逆転の発想でこのジレンマの解決を試み、エンジンもパワーアップと軽量化がされている。
フロントノーズは先端が高くなり、ステーが長くなった。
ステアリングタイロッドは1999年の前半と同様にアッパーアームの位置になっている。
また、リアタイヤ前方には左右それぞれ高さが約20センチメートルの煙突状のラジエター排気用フィン
(通称:チムニーダクト)が取り付けられ、リアウィングに向かう気流を乱さないように、その気流と高温の排気を分離する。
MP4-14と変わっていないのはサイドポンツーンとステアリングホイールぐらいで、それ以外は全て新設計されたパーツである。  
Posted by JUNパパ at 06:34Comments(0)TrackBack(0)くるまのお話

2012年01月25日

F1物語

ベネトン・B200
パット・シモンズ(テクニカルディレクター)、ティム・デンシャム(チーフデザイナー)、
ベン・アガサンジェロウ(チーフエアロダイナミシスト)によって設計された。
2000年シーズン、ドライバーの布陣は3年目となる若手コンビのジャンカルロ・フィジケラとアレクサンダー・ヴルツ。
シーズン開幕直前に加入したマイク・ガスコインの力量とドライバーの健闘もあり、
コンストラクターズ・ランキング4位(前年6位)とまずまずの成績を残した。
フィジケラは表彰台3回(2位1回、3位2回)を含む計18ポイントを獲得したが、
チームメイトのヴルツは5位入賞が1回のみという対照的な結果となった。
また、シーズン序盤にルノーがベネトン・フォーミュラの買収を正式に発表。
2002年よりワークスチーム・ルノーF1として復帰することとなり、
1986年から続いたベネトンとしてのF1活動は2001年シーズンをもって終了することとなった。  
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2012年01月24日

家飲みでスコッチ

いや〜久々ですな...へへん
家飲みでスコッチ飲むのベー
今夜のチョイスは
アイラモルトのラフロイグ10y
このボトルにはちょいとこだわりが...へへん
わかるかな〜フフフ
分かる人には分かると思うが、
かたのラベルが
「years10old」
となっているところ...
今のボトルは「ISLAY1815MALT」となっている。
この違いは中身も微妙に違う...へへん
まあただのこだわりですがね...ウィンク  
Posted by JUNパパ at 22:14Comments(2)TrackBack(0)今日の出来事

2012年01月24日

F1物語

プロスト・AP03
アラン・ジェンキンス、ロイック・ビゴワ、ジョン・バーナードらがデザイン。
2000年はチームにとって災厄のシーズンであった。
AP03は車重が重く、信頼性に欠けたマシンであった。
エンジンサプライヤーのプジョーとチームとの関係も決裂した。
チームは1ポイントも得ることができず、コンストラクターズランキングでは同じく無得点のミナルディにも完走率で下回ったため、
最下位でシーズンを終えた。
アレジ、ハイドフェルド共に目立った結果を残すことはできなかった。
アレジはモナコで予選8番手となり、ベルギーではリタイア直前に4位を走行した。
また、チームメイト同士での衝突も何度か発生し、特にオーストリアでの衝突が激しいものであった。  
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2012年01月23日

F1物語

フェラーリ・F1-2000
ロス・ブラウンとロリー・バーンが設計した。
ドライバーはミハエル・シューマッハとルーベンス・バリチェロ。
2000年2月7日にイタリア・マラネロで発表された。
新車発表会以前には、マシン名がF320と報道された時もあった。
2月10日に、フィオラノサーキットでミハエル・シューマッハによってシェイクダウンされた。
1999年のシーズン途中でF399の風洞開発を止め、マシンの熟成をそれ以上行なわないで、
代わりにF1-2000の開発を進めていくといった念入りな準備で、F399を元に正常進化させたマシンを開発した。
2000年シーズン、ミハエル・シューマッハが開幕3連勝を達成。
シーズン序盤は、両ドライバーともコンスタントに表彰台に上る走りを見せ、
第8戦カナダGP終了時点でポイントリーダーのシューマッハは、ライバルのミカ・ハッキネンに対して24ポイントもの差を築いていた。
しかし、そのあとの3戦連続リタイヤによって点差は2点にまで縮まってしまう。
その後、ハッキネンに逆転を許したものの、第15戦アメリカGPの勝利で再び逆転。
第16戦日本GPの激しい一騎打ちを制して、自身3度目となるドライバーズチャンピオンを獲得した。
最終戦マレーシアGPではコンストラクターズチャンピオンも決定し、フェラーリにとって21年ぶりのダブルタイトル制覇を成し遂げた。
この年加入したルーベンス・バリチェロは第11戦ドイツGPにおいて、レース途中に雨が降り始める不安定な状況の中、
ドライタイヤで走り続けて初優勝をもぎとった。
これは、当時の最遅記録(参戦125戦目)であった。  
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2012年01月22日

F1物語

B・A・R・002
シャーシ設計は、1999年に引き続きレイナードのマルコム・オスラーによる。
B・A・R参戦2年目となるこのシーズンは、1992年の活動停止以来、8年ぶりにF1へ復帰したホンダエンジンを搭載した。
ノーポイントに終わった前年の001に比べて、信頼性、速さともに大きく改善し、
ヴィルヌーヴは17ポイント、ゾンタは3ポイントを獲得した。
合計20ポイントを獲得し、ベネトンと同ポイントであったが、
入賞数の違いによりコンストラクターズランキングは5位となった。  
タグ :F1B・A・R002
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2012年01月21日

F1物語

ジョーダン・EJ10
マイク・ガスコインがデザイン。
シャシーの型式番号は2000年度から「EJ」と付けられるようになったが、
「EJ10」というのはエディ・ジョーダンのF1参入10周年を記念してのものであった。
1999年シーズンでコンストラクターズ3位となり、予算も増加したにもかかわらず、
EJ10は信頼性に欠けたマシンであることが判明した。
2台で34回出走したが、完走は15回と50%以下の完走率であった。
昨年のようにフェラーリやマクラーレンと互することもできず、ウィリアムズ、ベネトン、
BARに後れを取ってコンストラクターズランキング6位でシーズンを終えた。
シーズン最高位はハインツ=ハラルド・フレンツェンがインテルラゴスとインディアナポリスで得た3位であった。
ドイツGPからは改良型のEJ10Bが投入された。
シーズン途中でチームは翌シーズンからのホンダエンジン搭載を発表した。
また、デザイナーのマイク・ガスコインは翌年のベネトン移籍の希望を表明したことで休養させられた。
エディ・ジョーダンは後にEJ-10という飲料を販売した。  
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2012年01月20日

久々の酒

月1の検査のため月曜日から酒を断っていた...しょんぼり
ちょうど酒がなかったのでいつもの内山君の店へ...スタコラスタコラスタコラ
小左衛門の生酛をチョイス。
つまみは...

野沢菜漬け、ウニイカ、カニ味噌
でもね..この酒、酸度が高くつまみの選択間違えたおよよ
肉の方が合ったかもしれない。
まあいいや...へへん
久々の酒なので五臓六腑に染み渡る...にんまり

でも酔いがまわるのが早い早いやべー  
タグ :晩酌
Posted by JUNパパ at 21:41Comments(0)TrackBack(0)今日の出来事

2012年01月20日

F1物語

ジャガー・R1
ゲイリー・アンダーソンがデザイン。
フォードがスチュワート・グランプリを買収し、2000年に初めてジャガーのバッジを付けたマシンとなったが、
のちにR1は成功の期待に反して全く期待はずれの車であることが判明した。
非常にドライビングが困難なマシンであり、加えて信頼性に欠けるギアボックスに苦しめられることとなった。
1999年にランキング2位となったエディ・アーバインでさえ4ポイントしか得ることができず、
チームは結局コンストラクターズランキング9位でシーズンを終えた。  
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2012年01月19日

F1物語

ザウバー・C19
レオ・レスがデザイン。
2000年シーズン、ミカ・サロとペドロ・ディニスがドライブした。
この両名は1998年にアロウズでもチームメイトであった。
本車は競争力があることを証明したが、中位グループから抜け出るには至らなかった。
サロは6ポイントを獲得したが、新規参入するトヨタからのテストドライバーのオファーを受け、シーズン後にチームを離脱した。
ディニスは1ポイントも得ることができなかったが、年末に引退を発表した。
チームはコンストラクターズランキングを1999年と同じ8位で終えたが、獲得ポイントは増加した。
2000年ブラジルグランプリでは、予選でリヤウィングが繰り返して脱落したため、チームは決勝から撤退している。  
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2012年01月18日

味噌の仕込み完了!

オヤジの作った手前みそver.2012

昨日の無農薬玄米糀の仕込み完了をもって終了しました。ウィンク注目
無農薬玄米糀を仕込む時、大豆と混ぜて練っていくと、水飴のような甘い香りが漂ってきました。にんまり
これは意外だった。
出来上がりに期待しましょ...チュッ
家のなかではありますが、遮光シートをかぶせて秋まで静かに熟成させます。
やっとの思いで器材類の片付けが終わるまで深夜になりました。眠い

あちこち体が痛みますが、やっと終わった達成感があります。チュッ
今年の仕込みは..
森町産静岡コシヒカリ糀バージョン 約300kg
無農薬玄米糀バージョン 約100kg


注文受付は1月下旬から2月頃になる予定です。

乞うご期待!  
Posted by JUNパパ at 18:09Comments(2)TrackBack(0)今日の出来事

2012年01月18日

F1物語

ウィリアムズ・FW22
デザイナーはパトリック・ヘッド、ギャビン・フィッシャー、ジェフ・ウィリス。
ルノーエンジンとの提携(1989年〜1997年)に続いて、
2000年からBMWと長期契約を結び、BMW製V型10気筒エンジンを搭載することになった。
ウィリアムズとBMWはスポーツプロトタイプのBMW V12 LMを共同開発し、
1999年のル・マン24時間レースで総合優勝するという実績を持っていた。
元F1ドライバーのゲルハルト・ベルガーが両者の仲介役として現場復帰した。
マシンカラーもBMWワークスに合わせた白と紺を基調とし、
スポンサーのロゴまでカラースキームに統一するという配慮をみせた。
ドライバーは、チーム在籍2年目のラルフ・シューマッハとルーキーのジェンソン・バトン。
ラルフはシーズンで3回の表彰台(いずれも3位)を獲得し、
バトンも新人らしからぬ安定感で6度の入賞(最高位は4位)を果たし、コンストラクターズランキング3位を獲得した。  
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2012年01月17日

F1物語

マクラーレン・MP4-14
エイドリアン・ニューウェイがマクラーレンで初めて一から設計したマシン。
ダブルタイトルを獲得したMP4-13と外見はほとんど変わらなかったが、中身を大きく変化させてきた。
主なる変更点は、
シャーシの寸法・リアの絞込み・ラジエーターをコンパクト化。
タイヤがワンメイク(ブリヂストン)で硬くなり、重量配分の変更。
ホイールベースの変更。
新サスペンションジオメトリーの採用と空力効果の向上、更なる低重心化と軽量化を極めようと試みたマシンであった。
メルセデス・ベンツエンジンは、前年より低重心・軽量・コンパクトになり、
ハイパワーの出力はあるものの、ピーキーでドライバビリティが良くなかった。
また、新しく投入されたサスペンションもマシン挙動を神経質かつシャープにした。
前年同様新車の発表は2月と遅く、シーズン開幕1か月前であった。
ミカ・ハッキネンが新車発表直後のテストでトップタイムをたたき出したが、メカニカルトラブルも頻繁に発生していた。
開幕戦、予選ではフロントローを確保するものの、決勝では1位・2位走行中に2台ともリタイアした。
信頼性を確保するのに中盤戦まで費やし、
改善後にはチームのメンテナンスミス・戦略の欠如でタイトル争いを最終戦まで持ち込むこととなった。
また、MP4-14はリアの不安定さが指摘されており、その神経質な挙動をデビッド・クルサードは嫌っていた。
ドライバーズタイトルこそ、ハッキネンが守り抜いて2連覇を達成したものの、
コンストラクターズタイトルは終始信頼性が高いF399を投入し、戦略が明確であったフェラーリに、さらわれることとなった。  
Posted by JUNパパ at 06:31Comments(0)TrackBack(0)くるまのお話

2012年01月16日

F1物語

ベネトン・B199
デザイナーはニック・ワース。
1999年シーズン、ドライバーは変更されずジャンカルロ・フィジケラとアレクサンダー・ヴルツの布陣でのぞみ、
エンジンは71度V型10気筒のプレイライフFB01を積み、
1回の表彰台を含め入賞は6回、コンストラクターズランキングは6位となった。  
Posted by JUNパパ at 06:33Comments(0)TrackBack(0)くるまのお話

2012年01月15日

ふとっぱらにて...

今夜はホテルで新年会...
来賓の立場での参加であまり食べられず...
宴会が終わり、タクシー拾いに大通りへ..

そうしたらいつもは日曜日やっていない「ふとっぱら」がやっていた。
ラッキ〜!ウィンクOK

一杯やって帰りましたよ...へへん  
タグ :ふとっぱら
Posted by JUNパパ at 22:34Comments(0)TrackBack(0)くるまのお話

2012年01月15日

無農薬玄米糀

無農薬玄米糀です。ウィンク注目
昨年は発芽玄米の乾燥糀を使用しましたが、今年は正真正銘生の糀を取り寄せています。

色は精米された白米のそれと違い、黄色い姿をしています。
玄米なので当然か...ベー
麹菌が玄米の芯に向かってしっかり根付いているのが伺えます。
香りは...
なんと、びっくりぬか漬けのような香りがします。
味わいは、白米の糀の香ばしさとは違い、米本来の持つ力強さのようなしっかりした味わいです。

塩と混ぜて塩切り糀を作った状態です。

少し水を混ぜれば今流行の調味料、塩糀が出来ます。
玄米糀を使った塩糀ってなんかそそりますね〜へへん  
Posted by JUNパパ at 16:31Comments(0)TrackBack(0)こだわりの一品

2012年01月15日

F1物語

プロスト・AP02 ロイック・ビゴワ、アラン・ジェンキンス、ジョン・バーナードらが設計。
1999年シーズンは、リジェから数えて6シーズン目となるオリビエ・パニスと、2シーズン目のヤルノ・トゥルーリがドライブした。
劇的な不振であった1998年シーズンの後、1999年シーズンにチームは人事面での強化を図る。
ジョン・バーナードやアラン・ジェンキンスを招聘したものの、マシン自体は大きな変更はなされなかった。
ニュルブルクリンクではトゥルーリが2位に入賞したが、シーズン後には引退したデイモン・ヒルの後釜としてジョーダンへ移籍した。
パニスはマクラーレンとサードドライバーとして契約し、2000年のドライバーラインナップは一新されることとなった。
チームは9ポイントを得、コンストラクターズランキング7位でシーズンを終えた。  
Posted by JUNパパ at 06:36Comments(0)TrackBack(0)くるまのお話

2012年01月14日

玄米糀が到着しました

味噌づくり2ndステージ用の材料、
無農薬玄米糀が到着しました。ウィンク注目

無農薬玄米糀の証しのシール...

この糀と北海道産大豆「とよまさり」、静岡の塩「あらしお」を使って仕込みます。
仕込みは来週火曜日の予定です。
それまでに体調を整えておかなければ...へへん  
Posted by JUNパパ at 13:37Comments(2)TrackBack(0)今日の出来事

2012年01月14日

味噌づくりの風景

満身創痍になりながらの味噌の仕込み1stステージ...ガーン
煮上がった豆から樽に入れるまでの様子です。


5時間かけて煮上がった大豆です。
色は褐色になります。
本当は蒸した方がいいと聞きますが、釜などの器材がそろわないため煮上げていきます。
1回に出来る量は39cmのナベで3個分、量にして15kg。
ですが、煮上がると量が倍になり30kgになります。びっくり


味噌練り機に煮上がった大豆を入れて、すりつぶしていきます。
1ナベで約10kg出来上がりますが、この味噌練り機ですべてすりつぶすには4回転必要になります。
30kgとなると...合計12回、時間にして約1時間半かかります。

ここで、塩切り糀と混ぜ合わせての行程になりますが、
かなりの重労働と混ぜ合わせに両手を使いますので写真はありません...へへん



混ぜ合わせ、練り上がった味噌ダネはソフトボール大の大きさに丸めて、
あとは力一杯樽に投げつけます。あはは
ここが一番楽しいところ...ウィンクOK

その後の行程は先日紹介した通り...

これだけの行程でひと樽分...およよ
6回続けて...
もう体ボロボロです...えーん  
Posted by JUNパパ at 10:36Comments(0)TrackBack(0)今日の出来事

2012年01月14日

F1物語

フェラーリ・F399
ロス・ブラウンとロリー・バーンが設計。
1998年シーズンはグッドイヤータイヤを使用していたが、グッドイヤーの撤退に伴ってブリヂストンに変更した。
F399はタイヤの変更に対応するように改良された。
様々な改良パーツが使用されたが、真夏のレースで排熱を重視すると空力的に悪くなるという悪循環にはまり、
一度投入したパーツを以前の物に変えるなど、どたばたしていた面もあった。
開幕戦はエディー・アーバインが制した。第3,4戦はミハエル・シューマッハが連勝。
第6戦カナダGPではポールポジションからスタートするも、
トップ走行中に最終シケインにクラッシュしてリタイヤ。
この時点でシューマッハはミカ・ハッキネンの先行を許し、4点差で選手権2位だった。
第8戦イギリスGPでアクシデントが発生する。スタートするも、
グリッド上で立ち往生したマシンがいたため、赤旗によってレース中断となった。
しかし、それを知らされなかったシューマッハは高速のハンガーストレートから続くストウコーナーで前方のアーバインのインに入ったが、
十分に減速することができずにストウコーナーを飛び出し、タイヤバリアにノーズから一直線に突き刺さった。
この事故が元でシューマッハは右足を骨折してしまい、タイトル争いから離脱した。
代わってカーナンバー3のマシンに乗ったのはミカ・サロだった。
序盤にB・A・Rから3戦出走していただけだったが、シューマッハが復帰するまでステアリングを握ることとなった。
シューマッハの離脱を受けて、フェラーリのエースとなったアーバインは第9,10戦と連勝。タイトル争いは白熱していく。
ハッキネンのリタイヤの回数はアーバインより多く、第13戦イタリアGP終了時についに60ポイントの同点となった。
そして第15戦から復帰したシューマッハは、同僚アーバインをサポート。ポールポジションを獲得し、
レース中にアーバインを先行させた後は、ハッキネンをブロック。フェラーリの1-2を飾った。
しかし、レース後の車検でマシンのディフレクターに規定違反との裁定が下り、フェラーリの2台は失格。
3位のハッキネンが繰り上がりの優勝で、ハッキネンの1999年ワールドチャンピオン決定と一度は決まった。
しかし、ジャン・トッドら首脳陣の抗議によって後日裁定が覆り、該当部分の寸法は誤差の範囲内であったとして元の順位に戻り、
最終戦はアーバインの4ポイントリードで臨むことになった。
最終戦日本GPは、ポールにシューマッハ、2位のハッキネンが並んだ。
アーバインは5位と出遅れてしまう。スタート時に、シューマッハは痛恨のホイールスピン。
結局ハッキネンを捉えることができず、1位ハッキネン2位シューマッハ3位アーバインでチェッカーを受けた。
アーバインは2ポイント差でランキング2位でシーズンを終えた。しかし、年間を通して信頼性に優れていたので、
コンストラクターズチャンピオンを1983年以来獲得した。  
Posted by JUNパパ at 06:34Comments(0)TrackBack(0)くるまのお話

2012年01月13日

300kg仕込み終了

オヤジの作った手前みそver.2012
「静岡コシヒカリ」バージョン300kg分の仕込み...

完了しました。あははちょき

大豆を水に浸し、5時間かけて煮て、塩切り糀と混ぜたるに仕込む...
これを1日2クール...
家族に手伝ってもらったとはいえ、
ここ数日、3、4時間睡眠が続き
肘、肩、腰がギシギシ痛み、さすがに体がボロボロ...ガーン
とりあえず1stステージは終了しました。えーん

明日、無農薬玄米糀が届きます。
2ndステージは週明けということで...へへん

今夜は泥のようになって寝ます...眠い睡眠  
Posted by JUNパパ at 22:12Comments(0)TrackBack(0)今日の出来事

2012年01月13日

F1物語

スチュワート・SF-3
デザイナーはゲイリー・アンダーソン。
ドライバーはルーベンス・バリチェロとジョニー・ハーバートの布陣で3年目のシーズンに臨む。
開幕戦オーストラリアグランプリでは2台揃ってグリッド上でオイルリークが発生し、
バリチェロはスペアカーを使用、ハーバートは出走不可能という憂き目にあった。
しかしながら、大荒れのヨーロッパグランプリでハーバートが1995年以来の優勝を果たし、チーム創設3年目で初優勝を飾った。
バリチェロも3位に入りダブル表彰台を達成する快挙となった。
バリチェロも随所で健闘を見せ、特にブラジルグランプリでは予選で圧倒的な速さを誇るマクラーレンに続く予選3番手を獲得、
決勝でもマシントラブルに見舞われたマクラーレンの2台をかわし、
ピットインのタイミングでミハエル・シューマッハに先行されるが、
その後自力でシューマッハをオーバーテイクするなど母国のファンを熱狂させるが
3位走行中にエンジンブロー、初優勝の夢は消えてしまった。
フランスグランプリでも雨の予選でポールポジションを獲得するなどしたが、
決勝は3位に終わり、この年は3位(3回)が最高位となった。
また、このシーズン限りでエンジンサプライヤーであるフォードがチームを買収、
2000年からはジャガーとして参戦することが決定、上昇気流に乗っていたチームの歴史はわずか3年で幕を閉じることとなった。  
Posted by JUNパパ at 06:36Comments(0)TrackBack(0)くるまのお話

2012年01月12日

味噌のかなめ

味噌のかなめのひとつとして...フフフ
やはり糀によって味噌の善し悪し、性格が変わって来ると思います。
これはすでに塩を混ぜた塩切り糀の状態ですが、
送られてきて封を開けると甘いフルーティーな香りが漂ってきます。
味わいは甘く、そして香ばしい香りが口一杯に広がります。
今年の糀は
森町産の静岡コシヒカリ審査米1等級のものを原材料としています。
香り、味わい文句なしです!ウィンク

今年もいい味噌が出来そうです。チュッ注目  
Posted by JUNパパ at 09:36Comments(2)TrackBack(0)こだわりの一品

2012年01月12日

F1物語

ジョーダン・199
デザイナーはマイク・ガスコイン。
1999年にチームとしての初優勝をワンツーフィニッシュで飾る劇的な経験をしたジョーダンは、
この年さらなる躍進を遂げることとなった。
新加入のハインツ=ハラルド・フレンツェンが2勝を挙げ終盤までタイトル争いに食い込む活躍を見せ、
前年チームに初優勝をもたらし残留したデイモン・ヒルはサンマリノGPの4位が最高で表彰台に登ることはできなかったが、
卓越したマシン開発能力はシャーシの進化に多大な貢献を果たしたと言えた。
ヒルはこのシーズン限りでF1を引退し、そのキャリアに幕を閉じた。
フレンツェンとヒルの活躍により、チームはフェラーリ、マクラーレンに次ぐコンストラクターズランキング3位を獲得、
これは2005年のチーム売却までジョーダンのランキング最高位であった。  
Posted by JUNパパ at 06:34Comments(0)TrackBack(0)くるまのお話

2012年01月11日

樽に仕込むまで...

今日の仕込みもようやく終わりました。にっこり
樽に仕込むまでの手順を紹介...ウィンク注目

(1)煮上がった大豆を味噌練り機ですりつぶし、前もって仕込んでおいた塩切り糀と混ぜて入れ込んだ状態
(2)ビニールでかぶせて空気抜き...
(3)15kgの重しを乗せます。


(4)重しのまわりに塩蓋をして隙間をなくします。
   塩蓋の塩は毎年使い回ししているため、変色しています...
(5)ふたをして...


(6)ビニールをかぶせて出来上がり...チュッちょき

今日は50kgを2樽分...
これがあと3クール続きます...ガーン

こっ...腰が痛て〜わーん わーん わーん  
Posted by JUNパパ at 23:38Comments(2)TrackBack(0)今日の出来事

2012年01月11日

さあ!仕込み開始

「オヤジの作った手前みそver.2012」


さあ!仕込み開始ですウィンクナイス

今年から家のなかで仕込みますので、外で寒さに震えながら火の番をしなくて済みます。にっこり  
Posted by JUNパパ at 10:25Comments(0)TrackBack(0)今日の出来事